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2020.12月/川崎病の定期検査のため大学病院へ(退院後4年目)

20201212_心エコー日常

川崎病が分かるまで

2016年11月1日

4年前、当時2歳のやんちゃ盛りだった次男を襲った高熱。小さい頃から頻繁に熱ばかり出してさらに毎回の気管支炎からの喘息の診断に至り、よく夜間早朝に喘息の発作を起こしていました。

発作が落ち着くまで、2週間に1回の喘息定期外来に通う生活を数年間続けました(>_<“)

私は気が休まることのない幼少期でしたが、このときの症状はいつもと違っていて…

  • 熱が下がらない(5日解熱せず)
  • 目が真っ赤になる
  • 唇が異常にかさつく
  • 舌がイチゴ状に真っ赤になる
  • 背中やお腹など全身が真っ赤になる

などの異常があらわれ始め、

最初に受診したのは市の夜間救急外来。

そこでインフルエンザの検査をしてもらい陰性でほっとして帰宅したのは束の間。

これだけ舌が真っ赤になるのは溶連菌か川崎病じゃないのか!?

と翌日総合病院を受診。

ママ友達の子供が川崎病で入院していたことを聞いてどんな病気なのかを調べたことがあったので、症状については少しだけ知識があったのです。

数週間程度で完治する溶連菌感染症だといいなという願いはむなしく

診断は 『川崎病』

なぜ嫌な方の予感が的中するのか(´д`|||)

(これは4年後のネフローゼ発症でも同じことを思いました…)

大学病院に紹介状が出され、すぐに長期入院となってしまいました。

その後の経過

もちろん私が付き添いの入院になり、当時小学1年生だった長男をどうするか?!(我が家は祖父母とも遠方のため、近くに頼れる人は誰もいません)

急遽学童保育に入れる手続き(入院が金曜日だったので、週明けの月曜日から学童を利用できるようにお願いした)を入院手続きと並行して行ったり、それはもうてんやわんやだったのですが…

入院してから

免疫グロブリン投与で熱が下がり、

しばらくアスピリンを内服し、

いろいろありながら……

結果的に川崎病の一番怖い後遺症である冠動脈瘤(心臓の太い血管に瘤ができる)が残ることなく、24日で退院することができたのは不幸中の幸いでした。

退院後、5年間の定期検査

心臓の血管に異常がないかを調べるために、退院後も5年間のアフターフォローが必要になります。

過去の経過
  1. 2017年(3歳)僧帽弁の逆流あり、経過観察
  2. 2018年(4歳)異常なし
  3. 2019年(5歳)異常なし

そして6歳、今回の検査を迎えました。

  • 検査日:2020月12月12日(土)
  • 検査結果:2020年12月21日(月)

心エコー待機中の写真です。

長時間じっとしていられない年齢の子供の場合は鎮静をかける(お薬で眠らせる)必要があり、でも真っ暗な部屋に移動することで余計に興奮して昼間に全く寝ない次男に何度検査がキャンセルになったか…(涙)それが今は一人で検査室に入るので成長を感じます。さすが1年生!(^-^)/

20201212_心エコー

そして翌々週に母親の私だけ検査結果を聞きに再度来院。

結果は問題ないですね!

4年目まで異常がなく、これから悪くなることはまずないと思っていいですよ。退院後5年間と決まっているので念のためあと1年みておきましょう。

たぶん大丈夫だろうと思っていたのでよかったです(*^^*)

川崎病とネフローゼの関係性(自己免疫疾患ということでなにかつながりがあるのでは?)も聞いてみると特に関係ないですよとのこと。

学校に提出する『学校生活管理指導表』

川崎病の既往があると学校から提出を求められる書類も書いていただきました。

文書料金:1100円

病気だと手間もお金もかかるので本当に健康ほどありがたいものはないですねー。

20201212_学校生活管理指導表

川崎病、4年目の検査は無事にクリア。

正直、ネフローゼ症候群だけで心身ともにキャパーオーバー。心臓と腎臓の両方に爆弾を持つようなことになったらつらすぎるのでこの結果に安心しています。゚(゚´Д`゚)゚

6歳の時点で『川崎病』と『ネフローゼ症候群』と大きな病気を2つももち、自閉症スペクトラムの特性(癇癪が多いなど)もあり次男にとって困難の多い人生になるけど、病に負けずに強く生きていってほしいと思うのでした。

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